「EBM(根拠に基づく医療)、EBP(根拠に基づく実践)、そしてPBE(実践に基づく根拠)」:研究と臨床のギャップをどう埋めるか
はじめに:医療・リハビリにおける「エビデンス」の現在地
医療やリハビリテーションの現場において、「科学的根拠(エビデンス)」に基づいて治療を行うことの重要性は、今や誰もが否定しない共通認識となっています。しかし、「エビデンス」という言葉を聞いたとき、私たちは本当にその意味や、現場とのつながりを正しく理解できているでしょうか?
今回は、よく耳にする EBM(Evidence-Based Medicine; 根拠に基づく医療) と EBP(Evidence-Based Practice; 根拠に基づく実践) の違い、そして近年注目されている Practice-Based Evidence (PBE:実践に基づくエビデンス; 実践に基づく根拠) という視点について整理します。
EBMとEBPの基本:何が違うのか?
- EBM(Evidence-Based Medicine)とは何か
- 1996年にDavid Sackettらが提唱した定義によると、EBMとは「個々の患者のケアについての意思決定を行う際に、現在の最良のエビデンスを良心的、明示的、かつ分別をもって使用すること」です1-3。
- 単に論文のデータに従うことではなく、「外的な臨床エビデンス」「個々の臨床家の専門的熟練(Clinical Expertise)」「患者の価値観や意向」の3つを統合するアプローチを指します1。
- EBP(Evidence-Based Practice)への広がり
- EBMが主に「Medicine(医師・医学)」を主語として発展してきたのに対し、より広範な多職種(理学療法士、作業療法士、看護師など)の臨床実践全体をカバーする言葉として EBP(Evidence-Based Practice) が用いられます3。
- しかし、実際の臨床現場では、研究結果(エビデンス)を日々のケアにうまく落とし込めないという「Evidence-Practice Gap(EBPのギャップ)」が依然として大きな課題として存在しています3。
「Evidence to Practice」から「Practice to Evidence」へ
従来の科学的アプローチの主流は、ランダム化比較試験(RCT)などで証明されたエビデンスをいかに現場に下ろすか(Evidence-to-Practice)というトップダウンの視点でした。
しかし、実際の臨床現場は、厳格な統制下にある研究室とは異なり、多種多様な背景を持つ患者たちが訪れる複雑な場所です。ここに、研究者と臨床家の間のコミュニケーションの難しさや、ギャップが生じる原因があります。
そこで重要になってくるのが、逆の矢印である 「Practice-to-Evidence(実践からエビデンスへ)」 という発想です4。
Practice-Based Evidence (PBE) という新しい選択肢
従来のRCTや伝統的な観察研究に代わるアプローチとして提唱されているのが、Susan Hornらによる 「Practice-Based Evidence (PBE)」 です4。
- PBEの特徴4:
- 統制された環境ではなく、日常のルーティンで行われる実際の臨床現場でのデータに目を向けます。
- 「どのような介入が、どのようなリスクやベネフィットを持ち、実際の臨床現場でどのような成果につながっているのか」という現実的な疑問にアプローチします。
- 臨床家、患者、研究者が実際の日常的臨床から学び、お互いに臨床を改善していくための強力な手段となります。
おわりに:エビデンスという言葉に惑わされないために
「研究で証明されたものをいかに現場に下ろすか」というトップダウンの視点(Evidence-to-Practice)も、「日々の臨床のリアルな実践からデータを紡ぎ出す」というボトムアップの視点(Practice-to-Evidence / PBE)も、どちらか一方が絶対的な正解というわけではありません。これらは対立するものではなく、国際的な臨床・研究の現場でもお互いを補完し合うものとして認識されています。
ともすれば、PBEの重要性を強調するあまり、従来のEBMやEBPを過剰に意識しすぎて、言葉の対立に陥ってしまう危険性もあります。大切なのは、私たちが「どのエビデンスをどのように捉え、目の前の患者さんにどう活かしているか」について、職種や立場を超えてお互いに丁寧なコミュニケーションを取り続けることです。特に「エビデンス」という言葉だけが一人歩きしてしまうと、それぞれの背景にあるニュアンスの共有が難しくなり、すれ違いが生じることも少なくありません。
表現やアプローチの仕方が異なっていても、「患者様にとってより良いものを提供したい」という目的に向かっている本質に変わりはありません。言葉の響きや一時的な流行に惑わされることなく、それぞれの概念が持つ強みを理解し、目の前の患者様と真摯に向き合い続けることこそが、これからの臨床において最も大切であると信じています。
参考文献
- Sackett, D. L., Rosenberg, W. M., Gray, J. A., Haynes, R. B., & Richardson, W. S. (1996). Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ (Clinical research ed.), 312(7023), 71–72. https://doi.org/10.1136/bmj.312.7023.71
- Isaac, C. A., & Franceschi, A. (2008). EBM: evidence to practice and practice to evidence. Journal of evaluation in clinical practice, 14(5), 656–659. https://doi.org/10.1111/j.1365-2753.2008.01043.x
- Kim, S. Y. (2025). Evidence-based practice and evidence-practice gap: status, challenges, and solutions. J Evid-Based Pract, 1(1), 1-6. https://doi.org/10.63528/jebp.2025.00001
- Horn, S. D., DeJong, G., & Deutscher, D. (2012). Practice-based evidence research in rehabilitation: an alternative to randomized controlled trials and traditional observational studies. Archives of physical medicine and rehabilitation, 93(8 Suppl), S127–S137. https://doi.org/10.1016/j.apmr.2011.10.031


